にぽぽのお散歩日記

お散歩中の景色、美味しいもの、お気に入りのものを気のむくままに綴っています。

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2009-06-26 (Fri)

涙雨の一本木関門、土方歳三最期の地!!

涙雨の一本木関門、土方歳三最期の地!!

【本日の日記のご使用上の注意】にぽぽは新選組が大好きで、特に土方歳三さん大好きなので、たまにネタが出てきます。以前からにぽぽの日記を読んでくれている方々は、またかと思っていらっしゃると思います。そして、初めてにぽぽの病気に遭遇した方々、どうか“ビョーキ”なのであきらめて温かくやさしく、スルーしてください(笑)。ども にぽぽ です(o´_`o)ハァ・・・ とうとうこの日がやってきてしまいました。来てみたかった。...

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【本日の日記のご使用上の注意】
にぽぽは新選組が大好きで、特に土方歳三さん大好きなので、たまにネタが出てきます。以前からにぽぽの日記を読んでくれている方々は、またかと思っていらっしゃると思います。そして、初めてにぽぽの病気に遭遇した方々、どうか“ビョーキ”なのであきらめて温かくやさしく、スルーしてください(笑)。




ども にぽぽ です(o´_`o)ハァ・・・


とうとうこの日がやってきてしまいました。


来てみたかった。
いや
来たくなかった・・・・・土方さんの最期の地。



函館駅から歩いて7~8分のところ、函館市総合福祉センターの敷地内に復元されている一本木関門と、「土方歳三最期の地碑」があります。


地図①の場所
1.土方歳三最期の地


2.土方歳三最期の地


お花が沢山!
沢山の人々が今でもここで土方さんを偲んでいるんだなーと思うと、ちょっと感動しちゃいます。



3.雄姿
(これは五稜郭タワーにあったフィギア)




が、この場所に碑が建ったのは割りと最近のことだそうで、少し前までは、函館市総合福祉センターの建物をはさんで裏側の植木のあたりにあったということです。

地図②の場所
     4.もとの場所



当時どこに一本木関門があって、どこで土方さんが銃弾に倒れたのか、確実なところはわかっていません。


     7.地図
(地図は大きくなります)

ガソリンスタンドのエネオスのところから右斜めに上がっている道は、現在高砂通りという五稜郭までつながっている道になりますが、これが幕末当時からある旧道らしいです。

土方さんは、この道を一直線に駆けてきた・・・?


6.有力な一本木関門の場所

旧道と海峡通り(R5)が交わるあたりに一本木関門があったのではないかというのが、有力な説です。
写真の海峡通りの右手には現在JRが走っていますが、当時の海岸線はJRの線路のあたり。
この道は海沿いぎりぎりの場所でした。

湾には敵、見方の戦艦が浮かび、その後方には函館山と、新選組が守備する弁天台場が見渡せたはずです。


にぽぽ的には、最期の地碑よりも、何事もなく車が通り過ぎていくそっけないほどの国道の景色の方が心に切なく迫ってきます。

きっとここ。この場所に違いない・・・・。



一本木関門の絵縮小




明治2(1869)年5月11日 晴天
 
03:00am 新政府軍による函館総攻撃が開始された。
箱館山からと、海からの攻撃により、新選組の守備する弁天台場はまさに孤立無援となりつつあった。


未明、土方は額兵隊2小隊を率いて新選組の守備する弁天台場を救わんと出陣。 
その途中、五稜郭に援軍要請に向かい、弁天台場に引き返すところだった陸軍奉行添役大野右仲が土方と合流。

共に一本木関門の柵に来た時、滝川充太郎が率いる伝習隊が箱館市中から敗走してきた。



07:30am頃 右手に見える箱館湾で、旧幕府軍の「蟠龍」が新政府軍の「朝陽」を撃沈するのが見えた。
土方は大野に言った。
「この機失すべからず。士官隊に令して速進せん。しかれども敗兵俄に用い難し。
吾れこの柵に在りて、退く者は斬らん。子(大野)は率いて戦え。」


常勝将軍の土方の声に見方は奮い立ち、弁天台場方面へ進撃。
じりじりと後退する新政府軍。




10:30am頃 一発の銃弾が馬上で指揮をとる土方を撃ちぬいた。




土方さんは、必ず弁天台場にたどり着く事を信じて、前へ!前へ!と。
戦いを諦めていなかったに違いありません。
砲弾を打ち込まれ、炎が上がっている弁天台場は視界前方に、もうすぐそばに見えています。
そこには、土方さんを慕い、最北の地までついてきてくれた新選組の隊士達がいるのです。


にぽぽの心に響いてくる、
薄れていく意識の中のさいごのさいごの土方さんの想い。





「待っていろ 必ず助けに行ってやる・・・」




土方歳三 逝く。  享年35歳。




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう。
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NoTitle * by BELLY
にぽぽさん 読んでいたら何だか切なくなってきました~。
しかも雨だし.....物語のクライマックスをさらに冷たい雨が
盛り上げてくれてるみたいで。

フィギア。。。またまた凄いですね~^^p

NoTitle * by イノぶた
ちょっと 妄想タイムになってしまいました ^^)
にぽぽさんの語りが 映像も生んでました ^^)

道路事情は仕方ないけど・・・
にぽぽさんには 違う道が目に入っていたことでしょう・・・
土方さんに会えてよかったですね ^^)

そぉだったのですかぁ・・ * by こま
土方さんの最後の戦いの時・・・晴れていたんですねぇ。
けど、この土地での5月(03:00に戦闘開始だってんですね。)といったら、まだ寒く・・・・
そぉだったのですねぇ・・・

NoTitle * by ぽんち
土方歳三最期の地碑、雨にぬれて悲しさが増します。
今はなにげない道路になっていますが、その昔ここで
土方さんの思いが走っていたと思うとなんともいえない気持になってきます。
にぽぽさんの語りと道路。
想像ですが、土方さんの姿を見させてもらいました!
ポチッと♪

NoTitle * by hirokun
おはようございます♪
いつも訪問&コメントありがとうございます(^_^)v
下手な読み物読むより、にぽぽさんの日記読んだほうが
面白いし勉強になるね。
ここまで好きなのね(笑)
改めて見習わないといけないと思いました。
よーし、近いうちに気合入れてジャズ書くぞぉ~
にぽぽさんは絶対スルーしないでね(笑)

読むほうにも気合が入りました * by LOLO
150年前にそこに土方さんがいたと思うと感無量ですねぇ。
にぽぽしゃんの前に連れてきてあげたいわ~
って、もう現れてましたか・・・

NoTitle * by ぶーちゃん
読んでて涙が出そうになりました
「助けてやる」って土方さんの心からの叫びですよね

生き残った新撰組隊士の行動とか知れば知るほど
土方さんが慕われていたのが分かるし
そんな新撰組の隊士達は
土方さんにとって、絶対に守りたい人達だったと思います

NoTitle * by みぃや
なんと!35歳だったんですね。
わかいなぁ。

でも今もこうして皆に慕われしあわせですね。

おうえん

NoTitle * by berry-berry
にぽぽしゃん、またまたご無沙汰です。

前の記事から
本日も長旅…

だけど最後の最後に来て
だんだん切なくなってきたょ。

土方さんに
にぽぽしゃんの熱い想いょ…届け!!
そんな気持ちにさせられました。 v-286v-380

* by ☆青☆
せつなかったでしょうけど、、、来たかったような来たくなかったような、でもやっぱり、函館に行って来られて、その地を目で見ることができて、ホントによかったですね。
やっぱりその場だからこそ、響いてくる声ってありますもよね。
会えなくても、離れていてもその人を感じるってことありますけど、それは、時間をも超えちゃうものなんでしょうね。