にぽぽのお散歩日記

お散歩中の景色、美味しいもの、お気に入りのものを気のむくままに綴っています。

Top Page › Archive - 2010年08月
2010-08-30 (Mon)

神田川 江戸っ子自慢の上水道 その3

神田川 江戸っ子自慢の上水道 その3

ども にぽぽ です=*^-^*=スタバでダークモカチップフラペチーノのトールサイズを、あっ!!という間に飲み干して、灼熱の太陽の下を意を決してお散歩を続けております。我ながら、なぜこんなことしてるのか?ここは、JR水道橋駅の東口を出てすぐの、神田川にかかっている“水道橋”です。この橋は、江戸時代初期は“吉祥寺橋”または“寺橋”と呼ばれていました。なぜなら、橋の北詰にある現在の都立工芸高校のある一帯に“吉祥寺”...

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ども にぽぽ です=*^-^*=




スタバでダークモカチップフラペチーノのトールサイズを、あっ!!という間に飲み干して、灼熱の太陽の下を意を決してお散歩を続けております。
我ながら、なぜこんなことしてるのか?



ここは、JR水道橋駅の東口を出てすぐの、神田川にかかっている“水道橋”です。

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この橋は、江戸時代初期は“吉祥寺橋”または“寺橋”と呼ばれていました。
なぜなら、橋の北詰にある現在の都立工芸高校のある一帯に“吉祥寺”というお寺があったからなのです。
これがまた複雑のですが、ついでなのでご説明いたしましょう(笑)

明暦3(1657)年に起こった明暦の大火で吉祥寺は焼失してしまいます。
吉祥寺付近に住んでいた住民は、武蔵野新田開発のために造成され始めていた今の武蔵野市に集団移転して、慣れ親しんだ“吉祥寺”の地名をつけたのが、若者に人気の街“吉祥寺”の始まりという訳です。
肝心の“吉祥寺”は吉祥寺ではなく、文京区本駒込3丁目に移転して現在も存在しております。

話しが大きくそれてしまいましたが、“吉祥寺橋”でなくなった橋は、この付近にあった神田上水の掛樋(水路橋)にちなんで“水道橋”と呼ばれるようになったらしいです。



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掛樋が掛けられていたのは、現水道橋よりも下流で、人が渡ることはできず、上水の樋が神田川の上に交差していました。

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掛樋のあった辺りには、“神田上水掛樋跡”の史跡碑が置かれています。

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ここに、

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こんな感じに架かっていたのかな?

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この辺りから見た風景はこんな感じだったようです。

東都名所御茶之水之図
歌川広重“東都名所御茶之水之図”





さらに御茶ノ水駅方面に歩いていくと、神田川の流れは深い谷の底に見えるような感じになってきます。

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神田川流域の中でも最大の“谷”エリアの整備にあたったのが伊達政宗で、そのためにこの辺りの神田川は“仙台堀(せんだいぼり)”と呼ばれていたりします。



ここにはドラマ『仁』のロケ地に使われていた順天堂大学の付属病院が建っていて、

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仁先生が神田川に落ちたのは、
こんな外付けの非常階段からだったと思うのだけど、実際は、建物と神田川の間には道路があるので、川に落ちるのはむずかしいよな~なんて、余計な事を思いつつ。

そういえばここ、建て替えの看板が出ていましたけど、続編の撮影には影響ないのかしら、ドキドキ・・・。




話しがあっちこっちにいってますけど、お散歩は順調に、順天堂大学の裏にある、“東京都水道歴史館”に向かっています。

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ここは、江戸時代や近代の水道の歴史を学べる資料館で、入場料は無料!!
お子様の夏休みの自由研究にはうってつけです(笑)


神田上水は、掛樋で神田川を渡った後、地中に埋められた木樋によって、日本橋、京橋エリアに給水しました。
明治34(1901)年に神田上水は、ポンプや鉄菅を使用する近代上水道に役目を譲ることになりますが、その樋は、東京の地中に残置されたものが多く、再開発などにより発掘された実物を、この歴史館で見ることが出来ます。

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阿波徳島藩上屋敷があった、千代田区丸の内三丁目遺跡から発掘された木樋です。

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埋まっていた状況の模型もいっしょに展示されていて、木樋や上水井戸、継手などの組み方の構造がよく解かります。

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呉服橋門があった千代田区東京駅八重州北口遺跡から発掘されました。

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元禄11(1698)年以前に使われていたもので、八重州北口遺跡の上水本管の木樋としては最古のものだそうです。



木樋には水に強い松や檜が使われました。
樋の水漏れを防ぐ為に檜や杉の内皮を砕き、柔らかい繊維とした“槙肌”というものを詰めたそうです。

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展示されている発掘写真も興味深いです。

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これは伊達家上屋敷の木樋の状況。
ところどころ桶のようになっているのが、水を汲み出した井戸の部分でしょう。



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こちらは脇坂家上屋敷の状況。

どちらも現在のJR新橋駅の近くにあり、汐留地区の再開発の際に発見されたようです。



これが汲み出し井戸です。

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庶民が住む長屋にも、共同で井戸が置かれていました。

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井戸というと、釣瓶落としがついているものを想像するかと思いますが、江戸の井戸はこんな感じで、
長い柄のついた桶で水を汲み出しました。

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上水と下水はきっちり分けられていたんですね。

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長屋の住民達は、井戸で汲んだ水をおのおの汲み置きしておきました。

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こちらの傘張り職人さん(?)の家においてある桶で、26㍑汲み置きができたそうです。

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家の中には竃(へっつい)がおかれていて、これが今で言うガスコンロというか、IHというか。
火を起こして簡単な煮炊きをしました。



こちらは、仕立て屋さん?

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どの家も今で言う1Kの物件ですね(笑)



トイレが気になる?
トイレは長屋全体で共同なんです。

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なんと、ドアが下半分しかなくて、これでは丸見えですね・・・(^^;
電気のない時代だから、上まで戸をつくっちゃうと暗すぎたのかな?


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もちろん汲み取りです。
トイレと接しているゴミ置き場も共有ですが、燃えないゴミはリサイクルの職人さんが引き取りに来たし、生ゴミや糞尿は近隣の農家が肥料として買いに来たので、大家さんの収入になりました。
完全リサイクルの都市だったお江戸には、現代人が見習うべきところも沢山ありそうです。



気楽に歩き始めたら、ものすごい勉強しちゃったなーと思いつつ、登ってきた御茶ノ水坂を、水道橋駅方面に下りていきます。

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勉強に疲れた脳みそには、甘いものの補給が必要です。
東京ドームのところに戻って、“神楽坂茶寮 東京ドームシティミーツポート店”へ。

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本店と違ってカジュアルだけど和の雰囲気に整えてあって、落ち着きますなぁ。

     P8130356.jpg


暑いけど、あったかい白桃ウーロン茶をオーダ。
ふんわりした桃のフレーバーで夏らしいお茶です♪

P8130354.jpg


そして練乳いちごシフォン

P8130355.jpg

思った以上にどかーんとボリュームだったわ(汗)




夏休みの自由研究がまだのちびっ子諸君、にぽぽの神田上水道レポをコピペしてもいいわよ(笑)
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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江戸っ子自慢の上水道 * by 茶々
木製の樋で配管(?)されていたとは凄いですね。
井戸とか汲み置きしておく大きな瓶やトイレの様子は
ぎりぎりリアルタイムで経験しているので懐かしさを覚えました。
いや~、今回のテーマも勉強になりました。

No title * by hisami
確かに!
昔の方が環境に優しい財布に優しい
サイクルな生活してましたねぇ~~~
うぅ~~ん・・・・考えさせられます

No title * by makomikan
にぽぽさ~ん。
まだまだ暑いみたいよぉ。。。。
お散歩中に倒れないように~気をつけてくださいネ☆

No title * by みゆきママちゃん
ひょえ~♪
またしても、東京の凄い隠れた楽しい紹介
にぽぽちゃん、本当はバスガイトさんやってたりして?

No title * by みぃや
フラペチーノを一気飲みしちゃう気持ちわかります
ホント日中のコンクリートjyンングルは地獄の暑さだもんね

昔の生活を見直して学ばなければならないことって
いっぱいありますね、便利がいいってもんでもないですからね


No title * by mu.choro狸
まさに「仁」のあの時代だね。
井戸とか汲み取りトイレ、なんか懐かしいぞ(笑)あの臭いがねぇ・・・
ただ散歩写真撮ってるのと違って、勉強しながらっていいね。にぽぽちゃんだからできるのかなぁ。勉強になっちゃった。

No title * by まり
こちらの水道歴史館は当時の様子が
ばっちりわかって勉強になりますね。
ほんと、夏休みの自由研究に持ってこいですね。

トイレの上半分が無いのはいやだな~。
襲われないようにいつも注意して外を見ておく
必要があったのでしょうか?


こんにちは~!! * by ☆ぶぶちゃん☆
そうそう!!
このお話を以前に聞いた時あって
昔の水道ってすごいなぁ~って思ったんです!!
木で水道管みたいなものも作ってすごい労力だったんだろうなぁ、、、

練乳いちごシフォンの
ボリュームに思わずうっとり(*^_^*)

No title * by berry-berry
にぽたん、こんにちは♪ **ヽ▼o・ェ・o▼ノ** ♪

今回の連続シリーズ。
今年の猛暑のように熱いですね…。
お江戸の町に眠っているのは
画期的な近代文化で、発掘写真には目を見張りましたょ!!
私のところは、縄文文化が眠る町だから
出てくるモノは、土器や土偶…竪穴式住居あと? (⌒▽⌒)アハハ!

長屋での暮らしは、みんなが協力しあって
元気な暮らしをしていた様子が感じられました。
オープンなトイレもよろし…。
生ゴミや糞尿までもが、商売になってしまうのは
本当に素晴らしいなぁ…って思いました。
(大屋さんは、こんなところにも収入源があったんだ!! v-405)

今回のスイーツは粋ですね…。 ∬´ー`∬ウフッ♪  v-286v-380

No title * by でべそぴよこ
吉祥寺の名前(街のほう)の由来、初めて知りました。
そう言われてみれば、吉祥寺駅近くのお寺は、別のお寺です!

給水管、すごいわ^^!
漏れるよな、、ってすすんでいくと、もれない工夫も^^
昔の方には、失礼な言い方だけど、
自分が思っている以上の設備があったのですね☆

トイレは、ちょっと懐かしかった。
実家のトイレが、10年くらい前まで、汲み取り式だったから。
ちゃんと、totoの便器ですが^m^