にぽぽのお散歩日記

お散歩中の景色、美味しいもの、お気に入りのものを気のむくままに綴っています。

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2015-01-18 (Sun)

神話の里出雲 いよいよオオクニヌシノミコトとご対面! その3

神話の里出雲 いよいよオオクニヌシノミコトとご対面! その3

ども にぽぽです=*^-^*=祓橋を渡って、趣のある松の参道を進んでいくと、左側に“ムスビの御神像”があります。オオクニヌシが海の神から「幸魂(さきみたま)」と「奇魂(くしみたま)」の「おかげ」をいただき、ムスビの神様となった場面を再現しているそうで、オオクニヌシと同じポーズをして、ご本殿の方を向くと、 パワーを得られるらしい。かなり恥ずかしい・・・。でもね、この“幸魂奇魂”は、三輪山の大神神社(2010.09.27の日記⇒...

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ども にぽぽです=*^-^*=



祓橋を渡って、趣のある松の参道を進んでいくと、左側に“ムスビの御神像”があります。

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オオクニヌシが海の神から「幸魂(さきみたま)」と「奇魂(くしみたま)」の「おかげ」をいただき、ムスビの神様となった場面を再現しているそうで、オオクニヌシと同じポーズをして、ご本殿の方を向くと、 パワーを得られるらしい。
かなり恥ずかしい・・・。

でもね、この“幸魂奇魂”は、三輪山の大神神社(2010.09.27の日記⇒ 奈良の旅1日目 -その1- 大神神社 )の祭神、倭大物主櫛甕魂命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)なんだって。

当時のにぽぽが、「大和朝廷発祥の地で大いなる神と称するのが、皇祖神の天照大神ではなく、大国主神であるというのは何故」なのだろうと不思議がっております。
未だにその謎は調べきれていないけど、なんとなくわかりかけてきたような気がしている今のにぽぽです。


出雲大社は、縁結びの神様ということで女子たちにも人気ですが、オオクニヌシのお話としては“国造り”がキーワード。

『 オオクニヌシは、海の彼方から天の羅摩船(あめのかがみのふね)に乗って現れた少名毘古那(すくなびこな)と葦原中国の国造りを行ったのです。スクナビコナは蛾の皮を丸剥ぎにした衣服をきている小さな神でした。

 オオクニヌシの知恵袋だったスクナビコナが常世国に去ってしまい、オオクニヌシが「これから一人でどうやって国を造ればいいのか」と悩んでいた時に海を照らしてやって来るものがありました。オオクニヌシが「あなたはどなたですか」と尋ねると、その光る神は「私は汝の幸魂・奇魂である。私の御魂を大切に祀っていれば、私は協力しこの葦原中国は繁栄するだろう。」と言いました。これを聞いて、オオクニヌシがどのように祀ればいいのかを訊ねると「私を大和の国の青々と垣のように廻っている東の山の上に、身を清めてお祀りしなさい」と言言ったのでした。』


寛文6(1666)年に毛利綱広が寄進したという日本最古の銅鳥居をくぐると、いよいよ拝殿が見えてきます。

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参道は、やっぱり曲がっているのでした。


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ガイドブックに載っている巨大な注連縄は神楽殿のものですが、拝殿の注連縄も、太いっ!
二拝四拍手一拝で拝礼。



拝殿を回り込み、本殿へ向かいます。

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本殿には入れませんので、正面入り口の八足門で拝礼。
八足門の真ん前に、巨大なお団子のような模様があります。

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これは平成12(2000)年に境内の調査をしたときに、ここから見つかった柱を表しています。

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柱の材料は杉で、直径1.4mぐらいの大木3本を1組にした巨大なものです。
分析の結果、鎌倉時代前半の宝治2年(1248年)に造営された本殿を支えていた柱である可能性が極めて高いとのこと。

現在の本殿は延享元(1744)年に作られたもので、高さ約24mは、日本の神社建築ダントツ一位ですが、鎌倉時代には今の倍の48mぐらいあったそうです。
平安時代に源為憲によって作られで数え歌でも「雲太、和二、京三(=出雲太郎、大和次郎、京三郎)」と歌われていて、東大寺大仏殿(当時の伝承によれば45m)や平安京大極殿より巨大であったとされています。

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古代の出雲大社は、さらに高く96mもあったと伝わっていますが、この柱の発見で、ぐっと現実味を帯びてきましたね。


調査では発掘された巨木の柱は朱塗りで着色されており、当時は全体が朱色の建造物だったことが想定されています。

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この模型は、慶長14(1609)年の本殿と境内の姿。
『杵築大社近郷絵図』などを元に復元したものだそうです。
戦国大名である尼子氏の意向によって、三重塔や鐘楼が立ち並んでいます。
本殿は高さ19m60cmに縮小され、仏教建築の影響もうけていますが、大社造りの様式は保たれていたそうです。

鎌倉時代から江戸時代の初めの出雲大社は、こんな風に朱塗りだったのでしょう。


寛文7(1667)年の出雲大社

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『御宮中惣碁盤指図』と呼ばれる当時の設計図面などをもとに復元したもの。
江戸幕府第四代将軍 家綱の時に銀2000貫(重量にして約7.5t)にのぼる幕府からの莫大な援助によって、7年をかけて大規模に建て替えられました。本殿は、高さ8丈(約24m)で、現在とほぼ同じ姿。
それまでの仏教色をとりはらい、簡素で壮大な「神の宮」が完成。

今まで朱塗りだった建物を、なぜこの時の建て替えで止めたのだろう。
朱が不足していたのかしら???
この時に朱塗りのままだったとしたら、今も出雲大社は朱塗りだったのかも・・・


本殿の東西両脇に東十九社と西十九社。

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旧暦10月の神有祭の時に全国の神様の宿舎になるところ。
にぽぽが訪れた10月8日は、旧暦にすると9月15日なので、だーれも来ていませんね。


本殿の後ろ正面にはオオクニヌシの父神とされるスサノヲを祀る素鷲社があるのですが、現在改修中でお参りはできず。
残念!
今回の旅で、すっかりスサノヲ好きになったにぽぽなのです。


本殿真後ろにもウサギ達がいます。

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ここのウサギさん達は、本殿遷座祭奉仕記念に2014年7月に設置されたもので、出雲国造の千家の方々のお名前があります。


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本殿に向かってお祈りしているウサギさんが、

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宮司の千家尊祐さんと、禰宜の千家国麿さんのウサギ。
にぽぽが訪れる2日前(2014年10月5日)の出雲大社では、国磨さんと典子様の結婚式が出雲大社で行われました。
で、にぽぽが出雲に滞在しているときに、お二人は東京で披露宴。
お祝い事と、見事なまでにすれ違いのにぽぽ!


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出雲大社の東の七口門から出て、命主社(いのちぬしのかみのやしろ)に向かいます。

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大きな神社を擁する地域には、神社に仕える神官が居住する社家通りがあったそうです。
左側が出雲の国造“北島家”の土塀で“真名井の社家通り”と呼ばれる昔からの面影を残している細道です。

出雲大社の境内と打って変わって、誰もいない!


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“真名井の社家通り”を道なりにぷらぷら歩いていくと、命主社への曲がり角。
案内板がなかったら通り過ぎてしまいそうな、何気ない細い道に入っていきますと、小さなお社が立っています。

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これが命主社。
御祭神は神産巣日神(かみむすびのかみ)で、古事記では、スクナビコナの親とされています。

小さいながら大社造りとしては、出雲大社より400年ほど古い歴史があるとされています。
江戸時代の寛文御造営の際、に境内に大石の下から銅戈(どうほこ)と勾玉(まがたま)が発見されました。その銅戈は弥生時代の九州地方によくあった青銅器。勾玉は新潟県糸魚川産のヒスイで造られていて、現在までに銅戈と勾玉が一緒に発見された例が、他にはないとの事です。

オオクニヌシは高志(北陸地方)のヌカワヒメに求婚したり、筑紫(九州地方)のタギリヒメと結婚したとありますし、その姫たちの出身地の銅戈や勾玉が命主社 から出土したということは、出雲が各地域の交流を持っていたということなのでしょうね。

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命主社の前にある大樹は、樹齢1000年(推定)のムクの木だそうです。
するっとした幹ではなく、土の上まで這い上がってきているボコボコしたこぶだらけの根が取り巻いていて、木全体が発しているエネルギーに魅了されてしまいます。



命主社の少し先にある真名井の清水。

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出雲大社の神事に関わる神聖な清水だそうです。
御祭神は弥都波能売神(みづはのめのかみ)、水の女神です。

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島根の名水百選に選ばれているそうで、お水はとっても澄んでいて冷たかったです。

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もっと知りたいぞ出雲!

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ということで、島根県立古代出雲歴史博物館へ。

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入り口のところにもウサギさんがいるっ!
そして、この博物館は、上記に出した出雲大社の模型の他にぽぽのオタク心を大満足させてくれたのでした。
オタク心を満足させた後は、お腹の満足も大事。


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出雲大社の大鳥居がある神門通りに戻ってきました。

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出雲大社前に出店したスタバにも惹かれたけどもーーー

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ぜんざい発祥の地、出雲に来たからには、やっぱりおぜんざいが食べたいと思って、“くつろぎ和かふぇ甘右衛門”さんへ。

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紅白の大福の中にはアイスクリームがギッシリと詰まっており ました。
さらに、キラキラっと、

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ハート


メニューに出雲産の紅茶があったので、出雲まみれになりたいにぽぽは、さっそくオーダーしました。

あら!

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あら、あら、あら!!

20141008出雲72

ハート

ご縁押し、徹底してるわね!


陽が沈む前にあと一か所、行っておかなくちゃいけない場所があるけど、その前に一休みです。


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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2015-01-18 (Sun)

神話の里出雲 そして出雲の日は暮れて

神話の里出雲 そして出雲の日は暮れて

ども にぽぽです=*^-^*=出雲大社から再び車に乗り、昨夜食べた美味しいお魚が水揚げされる大社港を過ぎ、断崖絶壁にへばりついているようなきついカーブの連続した道をひたすら走る。途中ほとんど一車線で車避けもないので、またもや途中の写真はなし。ツーリングのバイクにぴったりと後ろにつかれて焦る。一応、中型バイクの免許を持っているにぽぽなので、「四輪おせーなっ」と思っているライダーさんの気持ち、わかってます...

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ども にぽぽです=*^-^*=


出雲大社から再び車に乗り、昨夜食べた美味しいお魚が水揚げされる大社港を過ぎ、断崖絶壁にへばりついているようなきついカーブの連続した道をひたすら走る。

途中ほとんど一車線で車避けもないので、またもや途中の写真はなし。
ツーリングのバイクにぴったりと後ろにつかれて焦る。
一応、中型バイクの免許を持っているにぽぽなので、「四輪おせーなっ」と思っているライダーさんの気持ち、わかってます、わかってます。
だけど、ハンドルきり損ねて海に落ちるのだけは勘弁なので、慎重なる安全運転。


にぽぽが目指しているのは“日御碕神社”なのですが、どうやらまたしても、道を間違えたらしく、なんだか怪しく細い道。

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車でこの先いけるのかどうか心配なので、車から降りて歩いてみたけど、これはどう見ても無理そう・・・


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見えてきた島は、たぶん経島(ふみしま)。
天照大神が現在の日御碕神社に祀られる前に鎮座されていたそうで、現在は8月7日の例祭の時のみ、宮司だけが舟で島に渡る以外立ち入り禁止の無人島。
ウミネコの繁殖地としても有名なのだそうですが、そんなことより日御碕神社はどこっ?!


ちょうど、測量作業をしていた出雲市役所の方がいたので、道を聞く。
どうやら途中一か所、曲がるポイントがあったらしいのですが、うっかり見過ごしてきてしまったよう。


日御碕神社は、『出雲国風土記』に“美佐伎社(みさきしゃ)”と記されている古社。
神社は上の宮と下の宮の上下二社からなり、上の宮は第3代天皇・安寧天皇13(紀元前536)年に勅命により祀られ、下の宮は天暦2(948)年、平安時代中期の第62代天皇・村上天皇勅命により祀られました。
上下二社を総称して“日御碕神社”と呼びます。


江戸幕府三代将軍 家光の命により、松江藩主京極忠高が寛永11(1634)年に着手し、正保元(1644)年に松平直政が完成させたのが、今に残る建物なのですが、楼門は改修工事真っ只中のため、回廊の写真から・・・

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壁や木の切り口は白色で、柱や横木が丹塗(にぬ)りされた社殿は桃山時代の面影を残し、二つの本殿どちらも拝殿と本殿が続く権現造りです。


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楼門から正面には下の宮があり、「日沈宮(ひしずみのみや)」と呼ばれています。
祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)です。
『日の出るところ、伊勢国五十鈴川の川上に伊勢大神宮を鎮め祀り、日の本の昼を守り、出雲国日御碕清江の浜に日沈宮を建て日御碕大神宮と称して日の本の夜を護らん』
ということで、アマテラスは伊勢神宮で昼を護り、ここで夜を護っているのだそうです。


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下の宮の右手階段の上に、上の宮があり、こちらは「神の宮」。
祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)です。

出雲の国造りをしたスサノヲが根の国(黄泉国)より、「吾が神魂はこの柏葉の止まる所に住まん」と柏の葉を投げて占ったところ、柏葉は風に舞いこの神社背後の「隠ヶ丘」に止まったということです。

その後、スサノヲの五世の孫、天葺根命(あめのふきねのみこと)がこの地にスサノヲを奉斎したといわれています。
五世の孫というころは、オオクニヌシが六世だっていうんだから、オオクニヌシのお父さん???


そう、この日御碕神社は、アマテラスとスサノヲが祀られているのです。


夕暮れ時にこの神社につきたかった理由。

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日沈宮の名にふさわしく、夕日が花崗岩の鳥居に沈んでいくのです。
夏至だか冬至だかのときは、鳥居の真ん中に日が沈んでいくと、日御碕灯台近くのお土産屋さんのお父さんが言っていました。

なかなか素敵な景色だったのですが、暗くなってから海沿いの道を走る勇気はないので、このあたりで出雲へ戻ります。



出雲二日目も、盛りだくさんだったなーと、この日もまた、駅前のランプの湯に浸かった後、神門で夕食。

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本日のお酒は、“出雲だより純米吟醸”
そして、“マルゴ(ブリの幼魚)のお造り”

魚食いのにぽぽなので、もーーーーーーー、お刺身が美味しすぎて悶えるっ!
今日は、徹底的にお魚と日本酒!

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真鯛と、しまあじと、サーモン、高級魚の“あこう”というお魚。
たまら~~んっ!


焼きおにぎりと、本日もやっぱりしじみ汁で〆。

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この日は皆既月食でした。

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皆既食中の赤銅色の月を、出雲で見ることができました。


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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