にぽぽのお散歩日記

お散歩中の景色、美味しいもの、お気に入りのものを気のむくままに綴っています。

Top Page › Archive - 2019年06月
2019-06-08 (Sat)

夏ツバメ

夏ツバメ

ども にぽぽです=*^-^*=ある日突然、最寄り駅のコンコースの真ん中に三角コーンが置かれていました。邪魔だなぁ~~と、思いつつ近寄ってみたら・・・なんだか可愛い絵が描いてありました。天上を見上げてみると、ツバメが巣をつくったらしい。子ツバメの頭が見えないので、まだ卵から孵ってない模様。それにしても、終電が終わるまで電気がついているこんな場所で孵化したら、夜更かしのツバメになったりしないのだろうか・・...

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ども にぽぽです=*^-^*=


ある日突然、最寄り駅のコンコースの真ん中に三角コーンが置かれていました。
邪魔だなぁ~~と、思いつつ近寄ってみたら・・・

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なんだか可愛い絵が描いてありました。


天上を見上げてみると、

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ツバメが巣をつくったらしい。


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子ツバメの頭が見えないので、まだ卵から孵ってない模様。


それにしても、終電が終わるまで電気がついているこんな場所で孵化したら、
夜更かしのツバメになったりしないのだろうか・・・と、心配ではありますが、
ツバメの子の成長が楽しみな今日この頃です。


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)

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2019-06-12 (Wed)

青森 夏のホタテ

青森 夏のホタテ

ども にぽぽです=*^-^*=たまりにたまっている有給と、5日間付与される夏季休暇を消化しなければならず、まずは6月に夏季休暇第一弾取得。東京駅20番ホーム。乗り込むのは、はやぶさ25号。さ~て、どこに行こうかな~と悩んだのですが、なんせ梅雨の真っ只中。雨の確率の少なそうな北へ向かうことにいたしました。午前中はお仕事をしていたので、新幹線の中で遅いお昼。目的地についたら、ほどなく晩御飯になってしまうので、...

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ども にぽぽです=*^-^*=


たまりにたまっている有給と、5日間付与される夏季休暇を消化しなければならず、
まずは6月に夏季休暇第一弾取得。


東京駅20番ホーム。

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乗り込むのは、はやぶさ25号。

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さ~て、どこに行こうかな~と悩んだのですが、なんせ梅雨の真っ只中。
雨の確率の少なそうな北へ向かうことにいたしました。


午前中はお仕事をしていたので、新幹線の中で遅いお昼。

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目的地についたら、ほどなく晩御飯になってしまうので、軽めにしようと思ったのに・・・
結構なボリューム。
カツサンドが間違いだったかなぁ~。江戸甘味噌っていう文字に負けちゃったんだよなぁ~。
そうじゃなくて、カツサンドだけでよかったのか。

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新幹線でお酒を飲むことは、あんまり無いんだけど、なんか、浮かれて買ってしまった。
やっぱりエビスビールは美味いわ~。


文庫本を読みながら、寝落ちして約3時間後。

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目的地、青森に到着~♪
3年半ぶり(2015年11月01日の日記⇒青森 しゃこちゃんの故郷 亀ヶ岡遺跡 )の青森。



新幹線から在来線へ乗り換える通路にあった販売機。

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リンゴジュースだけ!さすが!!


さてさて、ホテルにチェックインして荷物を置いて、ちょっと早めだけど晩御飯。

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二度目の帆立小屋(2015年11月27日の日記⇒青森 ホタテの美味さにグラリと酔って )

お昼が遅かったから、そんなにお腹もすいてないなぁ~なんて思っていたのに、
メニューを見たら注文が止まらなくなってしまい・・・
どわっと!

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どわっと!

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やばい。
どんだけホタテ。

飲んでいるのは、以前もオーダーした、“青森りんご酢ハイボール”
相変わらず、リンゴの酸味が美味過ぎる~。


じゅわじゅわ~っと。

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ホタテにはバター、そしてお醤油をちょいっと。

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リンゴ酢ハイボールとカキ、合う~~♪

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残さずペロリと完食。
今日の午後は、食べて、寝て、食べて終わった。

スゴイ胃袋だと、我ながら感心。


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)

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No Subject * by イノぶた
にぽちゃん 
お久しぶりです ^^
イノぶたです!
足跡でにぽちゃん見つけてびっくりしました!
ブログ再開されたんですね
またお邪魔します。

青森 私も大好きです ^^
海産物美味しいし、温泉もいっぱいだしね

それにしても食べすぎでないかぁ~💦 笑)
牡蠣、ホッキ、ほたて 間違いなく美味しい! ドリンクも進みそうですね!


2019-06-23 (Sun)

青森 善知鳥神社へ参拝

青森 善知鳥神社へ参拝

ども にぽぽです=*^-^*=青森二日目。令和になって、雨女返上かと思うような快晴であります。まずやって来たのは、善知鳥(うとう)神社。青森は昔「善知鳥村」と呼ばれていました。海岸付近に松が繁茂する小丘があり、「青森」と呼ばれて漁船が帰る時の目標物になっていたことから、江戸時代の初めに津軽藩が港を開いた時に「青森村」と改称。善知鳥神社は奥州陸奥之国外ヶ浜総鎮守で、青森発祥の地として長い間信仰されているそ...

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ども にぽぽです=*^-^*=


青森二日目。
令和になって、雨女返上かと思うような快晴であります。

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まずやって来たのは、善知鳥(うとう)神社。

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青森は昔「善知鳥村」と呼ばれていました。
海岸付近に松が繁茂する小丘があり、「青森」と呼ばれて漁船が帰る時の目標物になっていたことから、江戸時代の初めに津軽藩が港を開いた時に「青森村」と改称。

善知鳥神社は奥州陸奥之国外ヶ浜総鎮守で、青森発祥の地として長い間信仰されているそうですよ。


訪れたのは6月13日。
茅の輪が設えてありました!

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夏越しの大祓(2010年6月28日の日記⇒飯田橋 東京大神宮 夏越しの祓え)の時期ですもんね。
青森で穢れを払うことになるとは、なかなかオツですな・・・ってことで、しっかり茅の輪を8の字にくぐってきました。


善知鳥神社の御祭神は、多岐津姫命(たびりびめのみこと)・市杵島姫命(いつきしまひめのみこと)・多紀理姫命(たぎつひめのみこと)の宗像三女神。あらゆる「道」の最高神として、航海の安全や交通安全などを祈願する神様です。

第19第允恭天皇(いんぎょうてんのう)の御世に中納言安方が、夷人山海の悪鬼を誅罰平定して此の地を治め、その神願霊現あらたかな神々を祭ったと由緒書きにありました。

允恭天皇は、5世紀ごろの天皇と言われています。
その頃に、大和朝廷側から見れば「悪鬼」である先住勢力を大和朝礼が征服したということなのかもしれませんね。
その後、荒廃していたらしく、大同2年(807)に坂上田村麻呂が東夷東征の際に再建したというので、5世紀から7世紀は大和朝廷と先住勢力の長い戦いがあった時代なのかも。



倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祭る稲荷神社。

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倉稲魂命は『日本書紀』では、イザナギとイザナミが飢えて気力がないときに産まれたとされています。
飢えた時に食を要することから、穀物の神が生じたと考えられているそうです。

古くから安方町内にあった稲荷神社で、明治40年に善知鳥神社境内に移転奉納されました。
農業の神、漁業の神として知られる稲荷神社ですが、食料が不足した厳しい江戸時代の頃を思えば、飢えから守ってもらいたいという祈りが大きかったかもしれません。



稲荷神社の隣に猿田彦神、月夜見命(つきよみのみこと)の碑を祭る無名社。

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猿田彦命と月夜見命がいっしょに祭られているのって、あまり見たことがないです。
月夜見命は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と建速須佐之男命(すさのおのみこと)と兄弟の割には神話の中にあまり登場しない謎の神様ですが、夜や海を支配する神様。
猿田彦命は道案内の神様なので、この二神で、航海の安全を祈願したものなのかも。

月夜見命は、黄泉の国を支配する神でもあるので、亡くなった方を黄泉の国に案内するという一面もあるかも・・・と思うのはうがった見方かもしれません。



海津美神(わたつみのかみ)を祭る龍神宮。

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安政9年6月に安方・蜆貝両町の漁師により、安方町有地に漁事繁栄祈願のため建立された龍神宮。
こちらも稲荷神社と同様、明治40年に善知鳥神社境内に移転奉納されました。



龍神宮の裏にある沼、うとう沼です。

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この辺りは昔は安潟といわれ、周囲20~24Kmもある大きな湖沼がありました。この潟に入る舟はどんな暴風雨でも絶対に安全であった為、善知鳥神社と共に漁師に敬われそうですが、安潟に注ぐ川の流れを変えたたことから次第に安潟は干上がり、干拓されていきました。

善知鳥神社
© OpenStreetMap contributors

現在の地図では安潟があったことなど想像もできませんが、うとう沼はその安潟の名残と言われています。
善知鳥神社がある「安方」という地名も安潟からきているのではないのかな?



一の鳥居の側に「奥州街道終点の碑」が建っていました。

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奥州街道は江戸時代五街道の一つで、東京の日本橋を起点として終点はさまざまな説がありますが、江戸時代初期に著された「幕府撰慶長日本図」によると、当時津軽藩の出張機関が置かれていた青森市安方地域が終点になっているそうです。

街道の終わりが、道の神がまつられている善知鳥神社というのは、良いめぐり合わせではないですか。
旅の始まりが道の神というのも、なんだか幸先がいいぞ~と、次の目的地に向かうにぽぽなのでした。


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)

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2019-06-30 (Sun)

青森 三内丸山遺跡で感じる縄文時代の息吹!agein!!

青森 三内丸山遺跡で感じる縄文時代の息吹!agein!!

ども にぽぽです=*^-^*=本日の日記は長いので、写真はサムネールにしてあります。大きい写真を見たい方はダブルクリックしてみてください。青森の二日目は、善知鳥神社の他にもいろいろと行ったのですが、今回の青森の目的はじょーーーーうもーーーーーーーん!!(縄文!)2015年以来、まだ冷めやらぬ縄文の熱。さらにブログを休止した2016年には、縄文時代から現代への旅をもくろんでいたので、それを実行しようと、三日目は三...

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ども にぽぽです=*^-^*=
本日の日記は長いので、写真はサムネールにしてあります。大きい写真を見たい方はダブルクリックしてみてください。

青森の二日目は、善知鳥神社の他にもいろいろと行ったのですが、今回の青森の目的は
じょーーーーうもーーーーーーーん!!(縄文!)

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2015年以来、まだ冷めやらぬ縄文の熱。
さらにブログを休止した2016年には、縄文時代から現代への旅をもくろんでいたので、それを実行しようと、三日目は三内丸山遺跡(2015年11月15日の日記⇒青森 三内丸山遺跡で感じる縄文時代の息吹!その1 )を訪れたのでした。


三内丸山遺跡は、縄文時代前期から中期にかけて(約5.500~4.000年前)の集落跡です。

青森海岸線
(地図はGoogle Earth を利用したもの)

現在の海岸線から4km程度の距離にありますが、縄文時代は現在よりも海が内陸に入っていたので、海から2kmぐらいの距離にあったと思われます。当時の海岸線を、だいたいのイメージで青いラインを入れてみました。


遺跡の詳細は、2015年に訪れたときの記事(2015年11月22日の日記⇒青森 三内丸山遺跡で感じる縄文時代の息吹!その2 )を参照いただくとして、今回は新たに気づいたところを補足しておこうと思います。



遺跡への誘導路にもなっている、縄文時代の道を進んで行きます。

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その進行方向の、こんもりと木が生えている先に川があります。

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右手側に向きますと・・・

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この方向2km先に海がありました。

三内丸山は、川と海、そして背後に山という恵まれた立地にあります。


集落を訪れる人は、海の方向からやって来たそうです。

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海から続いている道側から見た集落の景色はこんな感じ。



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道の両側には、2列に大人の墓が作られていました。

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ちょうど草刈りをしたばっかりだったので、ちょっとわかりにくい・・・。
ピンク色で○印をつけてみました。


土坑墓といいます。

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穴を掘った中に、手足を曲げた形で埋葬されました。

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鏃や生活に使った石器などもいっしょに入れられていたそうです。


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集落に入ってくるメインストリートの両脇に死者を埋葬するのは、集落を守ってもらうという意味があったのだろうということでした。



一方、子どもの墓は住居の近くに作られています。

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しろっぽい四角は、平安時代の遺跡がかさなっているところ。
縄文時代の終わりとともに、三内丸山から人が消えたのですが、平安時代になって再び人が生活するようになったそうですよ。


子どもの墓の話だった!
子どもは亡くなると、丸い穴を開けたり、口や底を打ち欠いた土器の中に入れられ、住居の近くに埋葬されました。

子どもの埋葬に使われた土器です。

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     20190614-15.jpg



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土器の中から握り拳大の丸い石が出土しています。
丸い形は魂を表していて、もう一度生まれてきてという願いが込められているのではないかと考える研究者もいるそうです。

生まれてきても亡くなる赤ちゃんが圧倒的に多かった時代ですが、死に対して鈍感な訳ではなく、悲しみの深さは現代人と同じかそれ以上だったのだろうなと思うと切ない・・・・。


以前来た時に、中に入ってみた竪穴式住居。

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今回は立ち入り禁止になっていて、代わりに別の住居が入れるようになっていました。


住居での暮らしはこんな感じだったようです。

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住居の一番奥には、石棒が祀られていました。

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尖石考古学館に展示されていたもの(2016年01月03日の日記⇒信仰の起源 )は、生々しくお●んち●だったけど、時代や地域によって形や大きさはさまざまらしい。



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縄文時代中期ぐらいまでは今より温暖な気候だったのですが、晩期になると寒冷化して寒くなりました。
小さな住居は雪で埋まってしまい暮らせなかったため、大型の住居に集団で暮らしていたのではないかと考える研修者いるそうです。

それがこの大型掘立柱建物。

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ある実験では、この中に300人入れることが実証されたとか。
ぎゅうぎゅうだろうけど、寒い冬を生き抜くことだけを考えているので、プライバシーとかそんな次元じゃないし。

柱は栗の木。
表面を焼いて腐りにくくする加工は、縄文時代には確率された技術だったそうです。


この大柱の建造物も、栗の木。

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6本の柱の跡が見つかっただけなので、柱は独立して建っていた可能性もある訳で、どういう建造物だったのか想像でしかないのですが、6本ばらばらだったら倒れやすいので、横柱などで互いに固定していたのではいかなと、私は思います。

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見張り台という説もありますが、縄文時代には他の集落との戦いはなかったようですし、やっぱり祭りに使われた建物なんじゃないのかな~と。

いやいや、とにかく大迫力!



ダジャレまくりの「縄文人もびっくり 栗ソフト栗夢」は健在でした。

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次の旅は弥生時代だ、オーーーッ(。>v<。)ノ゙*。


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)

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No Subject * by イノぶた
人を埋葬するって おこちゃまを土器に入れて埋葬 棺桶だわね・・・思いは今も昔も変わらない 「愛」を感じるね

栗ソフト栗夢 笑)
私は見つけられなかったわ 次回は私も頂きましょう! ^^