にぽぽのお散歩日記

お散歩中の景色、美味しいもの、お気に入りのものを気のむくままに綴っています。

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2019-09-29 (Sun)  13:37

出雲 神迎の道

ども にぽぽです=*^-^*=
本日の日記は長いので、写真はサムネールにしてあります。大きい写真を見たい方はダブルクリックしてみてください。


以前から出雲大社に行ってみた~いと、言っていたにぽ母をつれて、出雲へ行ってきました。
にぽぽにとっては、2014年以来5年ぶりの出雲(2014年12月30日の日記⇒神話の里出雲 日本の両親にご挨拶)です。


旅のスタートは出雲大社の西にある稲佐の浜。

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旧暦10月10日、この浜で全国の八百万の神々をお迎えするのです。
浜から龍蛇神を先導に出雲大社へ向かう道を「神迎の道」と言います。


神迎の道の入口。

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出雲大社まで約1km。
「神迎の道」を歩きたいと思います~(9`・ω・)9


浜からいきなり登坂なのね。

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昔ながらの道幅。

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各家の軒下には「潮汲み」に使われる竹製の柄杓があります。
毎月1日の早朝、稲佐の浜で海水を汲んで出雲大社に参拝。
神前と自分の体に潮を笹の葉でまいて浄めたあと自宅に持ち帰り、家の各所にまいて浄めます。
今もずっと続けられている風習だそうです。


浜の四つ角

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かつての出雲大社参詣道にあって門前市の中心地でした。

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出雲阿国ゆかりの地とされ、芝居小屋もありとても賑わっていたそうです。



「神迎の道」も、ちょうど半分ぐらい歩いたかな~。

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出雲大社まで真っ直ぐだと思っていたのですが、結構くねくねしてます。

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そんでもって、ゆるーく登り続ける感じ。

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「潮汲み」に使われる竹製の柄杓

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お花を飾る風習があるそうですが、連日30℃を超えている時期にはお花も持ちませんもんね~。


出雲大社、まだかな~・・・

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と、感じ出した辺り(笑)


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本当に、どこのオタクにも「潮汲み」に使われる竹製の柄杓がありましたよ。


出雲大社の“勢溜の鳥居(せいだまりのとりい)”に到着!

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さあ、お参りしましょうか!


出雲大社の鳥居をくぐって、一番最初に参拝者を出迎えてくれるのが「祓社(はらえのやしろ)」です。

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祓戸四柱神(はらえどよはしらのかみ)が祀られています。
祀られている四柱神は、瀬織律比咩神(せおりつひめのかみ)、速開都比咩神(はやあきつひめのかみ)、気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)、速佐須良比咩神(はやさすらひめのかみ)。
主に水を司る神主として水を司る神拝者が自分では気が付かないような「小さな罪や穢(けがれ)」などを全て祓い清めて下さいます。



穢れを祓っていただき、参道を進みます~。

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「松並木の参道(まつなみき の さんどう )」です。
この参道は、皇族や貴族、例大祭の時には、勅使(天皇の使いのことです)だけが通ることができる道だったそうです。


手水舎で清めて~、

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出雲大社の4本目の鳥居をくぐります~。

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長州藩2代藩主・毛利綱広(もうりつなひろ)が、寛文7(1667)年に執り行われた出雲大社の“寛文の大遷宮”の時に、損傷のひどい木造鳥居を青銅の鳥居に造り替えたもので、、銅製の鳥居として日本最古の鳥居であり重要文化財です!


拝殿で参拝!

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御本殿への門である八足門。

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出雲大社の場合、御本殿が拝殿の後ろにある八足門のさらにその奥にある楼門の奥にあって、かなり距離が離れているのです。



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西側の十九社の前です。おみくじや絵馬がたくさん奉納されてますね~。

そのまま神楽殿へ。

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神楽殿は本来、出雲大社宮司家・千家國造家の大広間として使用されており、「風調館(ふうちょうかん)」と呼ばれていました。昭和56(1981)年に現在の神楽殿として規模を拡張して建て替えらたものだそうです。

神楽殿と言えば、大注連縄!

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これだけ大きいと、毎年取り替えるのも大変なので、約5年〜6年間はそのままになります。
現在みることのできる大注連縄は、平成30(2018)年7月17日に取り替えられたものです。

この日(令和元年9月10日)は、裏千家の献茶式が催されていて、着物の方がたくさんいらっしゃいました。
ちなみに、神楽殿は270畳だそうです、この会場で催されるお茶会って・・・すごいですよね。


本殿にも戻って、素鵞社(そがのやしろ)に参拝。

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御祭神はもちろん、にぽぽの大好きな素戔嗚尊(スサノヲノミコト)。 
この前来た時は、改修中だったので参拝できなかったのです。
うわ~い、嬉しいよ~☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

出雲大社の主祭神は、創建当初から大国主大神でしたが、実は鎌倉時代から江戸時代初期までスサノヲが出雲大社の主祭神だったと云われます。
主祭神が変わった理由は、本地垂迹(ほんじすいじゃく=神仏習合)の影響で、出雲地方にも仏教色が強まり、かつて出雲大社を管理した鰐淵寺(がくえんじ)という寺院の命令で素戔嗚尊に変更されたからだそうです。

江戸時代中頃の寛文年間に執り行われた出雲大社の大遷宮の時に、出雲国造が主祭神を戻すように江戸幕府へ懇願、これを幕府側が容認し、主祭神は「大国主大神」に戻ったとのこと。

鰐淵寺がスサノヲを推したのは、スサノヲこそが出雲地方を創造した神であるという理由ですが、一理あるなぁ~・・・なんて思うにぽぽなのです。出雲の風土記はスサノヲだらけですもん。(2015年1月1日の日記⇒神話の里出雲 ヤマタノオロチ伝説の舞台を行く その1)


さてさて~、結構歩いて足も疲れてきたし、暑いし~っ!!
ここらでお昼ご飯にします。

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神迎えの道を稲佐の浜方面に進んでいくとある、荒木屋さん!
創業天明年間、江戸時代後期200年以上続く出雲そば屋さん。
以前に来た時に定休日で入れなかった(2015年1月4日の日記⇒神話の里出雲 いよいよオオクニヌシノミコトとご対面! その1)念願のお店です。
やったーーーーっヽ(≧∀≦)ノ


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“割子三代そば”をお願いしました。

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一段目は本当は有機卵なのですが、お蕎麦に生卵があまり好きではないと言ったら、代わりに山陰地方の名物“あご野焼”を乗せてくれました。


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“あご野焼き”をあっという間にお腹に納めて、お蕎麦には薬味を乗せて出汁を回しかけます。


一段目を食べ終わったら、残った出汁を二段目に注ぐ~。

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二段目はとろろそば。
薬味のネギとノリを加えて。

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出汁を次の段に移していくのは、出汁といっしょにお蕎麦の旨みも余すところなく食べていくためらしいです。
老舗の味、しっかり味わいました!!


長くなったので次回に続きます~。
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)

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最終更新日 : 2019-09-29

No Subject * by イノぶた
にぽ母も1㌔歩いたのね ^^
お散歩には丁度いい距離だったかな?
出雲大社の連縄は立派よね
一番大きいと思っていたけど 上には上がいるもんですわね 宮地 恐るべし!

私は 出雲大社に行くと きんぐ の焼きそば食べちゃうんで 出雲そば食べたこちないのです 笑)
次回は どちらも食べてこようと思っています ^^


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No Subject

にぽ母も1㌔歩いたのね ^^
お散歩には丁度いい距離だったかな?
出雲大社の連縄は立派よね
一番大きいと思っていたけど 上には上がいるもんですわね 宮地 恐るべし!

私は 出雲大社に行くと きんぐ の焼きそば食べちゃうんで 出雲そば食べたこちないのです 笑)
次回は どちらも食べてこようと思っています ^^

2019-09-30-19:18 * イノぶた [ 編集 ]